結びつける知恵:世界各地の伝統的な接着・結合材、その歴史、多様な製法と用途
はじめに:素材を結ぶ古からの知恵
多様な素材が組み合わされて形作られる工芸品や建築において、それらを強固に、あるいはしなやかに結びつける「接着・結合」の技術は、古来より不可欠な要素でした。現代のように高性能な合成接着剤がなかった時代、世界各地の人々は、身の回りにある天然素材から知恵を絞り、それぞれの素材や用途に適した接着・結合材を生み出してきました。
これらの伝統的な接着・結合材は、単に素材をつなぎ合わせるだけでなく、湿度による伸縮への追従性、可逆性による修復の容易さ、あるいは素材そのものとの親和性など、現代の合成材にはない unique な特性を持つものも少なくありません。ここでは、世界各地に伝わる様々な伝統的な接着・結合材に焦点を当て、その歴史、製法、そして多様な用途についてご紹介します。
多様な伝統的な接着・結合材とその製法
伝統的に用いられてきた接着・結合材は、主にその原料によっていくつかの種類に分けられます。
1. 動物由来の接着材
最も広く知られているものの一つに「膠(にかわ)」があります。これは動物の皮や骨、腱、または魚の浮袋などを煮詰めて抽出されるゼラチン質のたんぱく質です。世界各地で古くから利用されており、地域によって原料となる動物は様々です。例えば、日本では鹿や牛の皮、ヨーロッパではウサギの皮などが用いられてきました。膠は水に溶かして加熱することで液体となり、冷えると固まるという特性を持ちます。乾燥によって強力な接着力を発揮し、再加熱や水分によって再び軟化・剥離させることが可能なため、特に文化財の修復など、可逆性が求められる場面で現在も重要な役割を果たしています。
その他、カゼイン(牛乳のタンパク質)をアルカリで処理したものや、卵白なども、絵具のバインダーや一部の接着用途に用いられることがありました。
2. 植物由来の接着材
植物からは、デンプン、樹脂、樹液、種子の粘質物など、多様な接着・結合材が得られます。
- デンプン糊: 米、小麦、トウモロコシ、タピオカなどの穀物や芋類から作られるデンプン糊は、特に紙や布の接着に広く使われてきました。デンプンを水と共に加熱することで糊化(アルファ化)し、冷却すると粘性を持つようになります。日本では米糊が古くから障子や襖の貼り付け、また漆の下地作りにも用いられています。
- 植物性樹脂: 松脂(まつやに)やバルサムなどの樹脂は、加熱して溶かすことで接着材として利用されました。これに蜜蝋や他の物質を混ぜて粘着性を調整することもありました。例えば、楽器の弓の松脂(ロジン)は、接着というよりは摩擦材ですが、天然樹脂の利用例です。また、中南米で儀式や接着にも用いられてきたコパル樹脂もその一種です。漆もウルシ科の植物の樹液であり、その強力な接着力と耐久性、塗膜としての性質から、東アジアを中心に工芸や建築に不可欠な素材となりました。
- 樹皮や種子の粘質物: 特定の樹木の樹皮を煮たり、あるいは特定の植物の種子を水に浸したりすることで得られる粘り気のある液体も、簡易的な接着や結合に利用されることがありました。
3. 鉱物由来の結合材
素材そのものを化学的に結合させるという点では、石灰を主成分とする漆喰やモルタルも広義の結合材と言えます。石灰石を焼成して得られる生石灰に水を加えた消石灰は、空気中の二酸化炭素と反応して再び固まる性質(気硬性)を持ちます。これに砂や繊維などを混ぜた漆喰は、建築材料として、石や煉瓦を積み上げる際の目地材や壁材として世界中で使われてきました。モロッコのタデラクトのように、石灰に特定の鉱物を混ぜることで防水性を高めた例もあります。
また、粘土も焼成することで硬化し、陶磁器や煉瓦として素材を結びつけ、あるいは土壁としてそれ自体が構造材兼結合材となります。
伝統的な接着・結合材の多様な用途
これらの伝統的な接着・結合材は、それぞれの特性を生かして実に多様な分野で活用されてきました。
- 木工: 指物や組木、指物などの伝統的な木工においては、木材同士を組み合わせる構造そのものが重要ですが、補強や部材の接着に膠や漆が用いられることがよくあります。
- 建築: 石積みや煉瓦積みの目地材、土壁や漆喰壁の結合材として、石灰や粘土が広く利用されてきました。木造建築の構造材の接合部にも、木組みだけでなく補助的に漆や膠が使われることもあります。
- 美術・工芸: 絵画において顔料を定着させるメディウム(バインダー)として膠や卵白、植物性ガムなどが使われます。漆芸では、漆自体が強力な接着材として、木地や布に素材(蒔絵の粉、螺鈿など)を貼り付けたり、欠けを修復したりする際に用いられます。また、金継ぎに代表される陶磁器の修復にも漆は不可欠です。
- 製本: 紙と紙、紙と表紙などを貼り合わせる際に、デンプン糊や膠が用いられます。特に和綴じ本などでは、紙の特性を損なわずに柔軟性を持たせるために米糊などが使われます。
- テキスタイル: 布の染色時に染料を固着させるバインダーとして、あるいは布の貼り合わせや補強に糊が使われることがあります。
現代における伝統的な接着・結合材の可能性
合成接着剤が主流となった現代においても、伝統的な接着・結合材が見直される動きがあります。
特に文化財の修復分野では、元の素材との化学的親和性が高く、将来的な再修復が可能な可逆性を持つ伝統材(特に膠や漆)が不可欠な素材となっています。また、環境負荷の低い持続可能な素材として、天然由来の接着材が新しい建材や製品開発に応用される可能性も探られています。
例えば、植物由来のバイオマスを原料とした新しい接着材の研究や、伝統的な製法を現代技術で最適化し、新たな機能を持たせた材料の開発などが進められています。
まとめ
世界各地に伝わる伝統的な接着・結合材は、それぞれの地域で利用可能な天然素材と、それを最大限に活かす人々の知恵から生まれました。単にモノとモノをつなぐだけでなく、素材の特性を引き出し、湿度変化に対応し、修復を可能にするなど、機能的にも優れたものが多く存在します。
これらの古からの技術と素材を知ることは、自身の創作活動において新しい素材の組み合わせや表現方法を考える上で、貴重なインスピレーションとなるのではないでしょうか。合成材にはない独特の質感や経年変化、そして素材や文化との深いつながりは、現代の工芸においても新たな価値を生み出す可能性を秘めていると言えます。