西アフリカに息づく伝統楽器:コラとバランを支える素材、技法、そして響きに込められた文化
西アフリカの音世界を支える伝統素材と技法
アフリカ大陸、特に西アフリカのマンデ文化圏には、長い歴史を持つ独特の伝統音楽が根付いています。その音楽を支える中心的な役割を担っているのが、コラやバランといった伝統楽器です。これらの楽器は単に音を奏でる道具ではなく、歴史、物語、社会の価値観を伝える重要な媒体であり、その製作には地域固有の天然素材と、代々受け継がれてきた高度な技法が用いられています。
この記事では、西アフリカを代表する弦楽器コラと木琴バランに焦点を当て、それぞれに使用される伝統的な素材の特性、独自の加工技術、そして楽器製作や演奏に込められた文化的な意味合いをご紹介します。異文化の素材や技法に触れることは、ご自身の創作活動における新たな視点やインスピレーションに繋がる可能性があるでしょう。
祈りと物語を紡ぐ弦楽器:コラ
コラは、セネガル、マリ、ギニア、ガンビアなどの地域で広く演奏される、ハープとリュートの中間のような弦楽器です。大きなヒョウタンを共鳴体とし、長いネックに張られた多くの弦を指でつま弾いて演奏します。コラの演奏者は「ジェリ(Jeli)」または「グリオ(Griot)」と呼ばれ、歴史の語り部、系譜学者、詩人、音楽家として社会的に重要な役割を担ってきました。
コラに使われる素材
コラの製作には、主に以下の天然素材が使われます。
- 共鳴体(ボディ): 乾燥させた大きなヒョウタンが使用されます。ヒョウタンの大きさや形状が、楽器の音色や音量に大きく影響します。乾燥させる過程で適切に管理され、内部の種を取り除いた後、共鳴穴が開けられます。
- ネックとブリッジ: 硬くて丈夫な木材が選ばれます。ローズウッド(ブビンガなど)やマホガニーといった、響きが良く耐久性のある木材が伝統的に使用されます。ネックには多数の弦を取り付けるための工夫が施されます。ブリッジは弦を支え、共鳴体に振動を伝える重要な部品です。
- 表面板(サウンドボード): 動物の皮(伝統的には牛の皮、近年はヤギの皮も)が使われます。皮を薄く加工し、適切に乾燥させてヒョウタンの開口部に強く張ることで、弦の振動を増幅させる役割を果たします。皮の厚みや張り具合が音色に影響を与えます。
- 弦: 伝統的には牛の皮を細く裂いて撚り合わせたものが使われてきました。近年では、より丈夫で安定した音が得られるテグス(釣り糸)やナイロン弦が広く使われています。弦の本数は伝統的に21本ですが、それ以上の弦を持つコラも存在します。
コラの加工技法
コラ製作の技法は、それぞれの素材の特性を最大限に引き出すための工夫に満ちています。
- ヒョウタンは収穫後に適切に乾燥させ、不要な部分を切り取り、共鳴体としての形状を整えます。
- 動物の皮は毛を取り除き、適切な厚さになめした後、水に浸して柔らかくし、ヒョウタンに強く張り付けます。乾燥するにつれて皮が収縮し、ピンと張った状態になります。
- 木材は乾燥、切削、研磨を経て、ネックやブリッジなどの部品に加工されます。特にブリッジの形状や弦を通す溝の作り方は、音の立ち上がりや響きに関わる重要な要素です。
- 伝統的な皮の弦作りは、牛の皮を細長く切り出し、複数本を撚り合わせる根気のいる作業です。現代の合成弦の使用は、メンテナンスの容易さや音色の安定性をもたらしています。
- 楽器にはしばしば彫刻や焼き絵、金属の装飾などが施され、視覚的な美しさも追求されます。
大地と共鳴する木琴:バラン
バラン(BalafonまたはBalaphone)は、木製の鍵盤と、その下に並べられたヒョウタンの共鳴体で構成される打楽器です。西アフリカ各地に様々な種類が存在し、コラと同様にジェリ/グリオによって演奏されることが多い楽器です。大地と共鳴するような温かく豊かな響きが特徴です。
バランに使われる素材
バランの製作には、主に以下の天然素材が使われます。
- 鍵盤: 硬質で響きの良い木材が選ばれます。パドック、ローズウッド、ブレクウッド(アフリカンブラックウッド)、カリンといった、叩くと良い音が出る特定の種類の木材が伝統的に使用されます。木材の乾燥と選定が音色と調律に極めて重要です。
- 共鳴体: それぞれの鍵盤の音程に合わせて大きさを調整したヒョウタンが使われます。ヒョウタンの開口部には薄い膜(伝統的にはクモの卵のうの膜、近年は薄いプラスチックなど)が張られ、これが共鳴音に独特のビビリ(ブーンという響き)を加えることで、バラン特有の深みのある音色を生み出します。
- フレーム: 鍵盤と共鳴体を支えるフレームには、比較的軽量ながら丈夫な木材が使われます。
- バチ: 木材で作られ、先端には天然ゴムや布などを巻いて鍵盤を叩いたときの音色を調整します。
バランの加工技法
バラン製作は、木材の選定から調律、共鳴体の調整に至るまで、高度な技術と経験が求められる仕事です。
- 鍵盤となる木材は、伐採後に適切な期間乾燥させ、丁寧に加工されます。最も重要な工程の一つが調律です。木材の厚みや長さを削って調整することで、正確な音程を作り出します。これは職人の耳と経験に頼る繊細な作業です。
- 共鳴体のヒョウタンは、鍵盤の音程に合わせて大きさを選び、内部を清掃・乾燥させた後、開口部に共鳴膜を張ります。この膜の素材と張り具合が音色に大きな影響を与えます。
- 鍵盤と共鳴体は、頑丈なフレームに固定されます。伝統的には皮の紐などで鍵盤を吊るすように固定することで、鍵盤の振動を妨げないように工夫されています。
- バチの製作も、演奏のニュアンスに合わせた形状や素材の選定が重要です。
素材、技法、そして文化の結びつき
コラやバランといった伝統楽器の製作は、単なる木工や皮加工の技術に留まりません。それは、素材が持つ自然の特性を理解し、それを人間の手で音として引き出すという、深く哲学的な営みでもあります。
ジェリ/グリオは、これらの楽器を演奏しながら、古来からの歴史や物語、教訓を歌い語り継ぎます。楽器そのものが、彼らのアイデンティティや、社会における役割と密接に結びついています。素材を選ぶ際には、その素材が持つ象徴的な意味合いや、地域での入手可能性、そして耐久性といった現実的な側面の双方が考慮されます。加工技法には、先祖から受け継がれてきた知恵と、それぞれの職人による独自の工夫が凝縮されています。
現代においても、これらの伝統楽器は演奏され続けていますが、素材の入手困難化や新しい素材・技術の導入といった変化も起きています。伝統を守りつつ、現代の環境に適応しながら、楽器製作の技術とそれに込められた文化を未来にどう伝えていくかが、重要な課題となっています。
まとめ
西アフリカの伝統楽器コラとバランは、乾燥ヒョウタン、動物の皮、厳選された木材といった天然素材と、それらを音を奏でる形に加工する高度な技法によって生み出されています。これらの楽器は、単なる演奏道具ではなく、歴史や物語を語り継ぐジェリ/グリオの魂と深く結びつき、西アフリカの豊かな文化を体現しています。
異分野である楽器製作における素材の選定、加工による特性の変化、そして音響という機能と文化的な意味合いを結びつける考え方は、私たち伝統工芸に携わる者にとっても、自身の素材や技法、そして作品に込めたい精神性について改めて考える良い機会となるのではないでしょうか。世界各地に息づく多様な素材と技術は、常に新しいインスピレーションの源泉となり得ます。